
(BGM:東風 -piano-)
翌朝。
第二天早上。
開店の準備を始めるオッサンの怒鳴り声で目を覚ます。
做開店準備的大叔吼聲,把我吵醒了過來。
汐は毛布にくるまって、眠ったままでいた。
裹在毛巾裡的汐,還正香甜地睡著。
朝の光を受けるその姿が、本当に天使のように見えた。
映照著晨曦的樣子,真的是如同天使一般。
(親バカだ…)
(父母痴心啊…)
自分を鼻で笑ってから、今後のことを考え始める。
自嘲地笑了笑後,我開始考慮今後的事。
汐との生活。
與汐一起生活。
きっと、予想以上に大変だろう。
肯定會比預想中更加辛苦吧。
でも、一番大変な時期は、早苗さんが面倒を見てくれた。
不過,最艱辛的那段時間裡,卻把汐交給了早苗阿姨照顧。
これから迎えるどんな苦労だって、早苗さんの苦労の比じゃないんだ。
把接下來將要面對的辛勞,與早苗阿姨所承受過的辛勞相比,根本微不足道。
それを考えると、どんな困難にだって、立ち向かっていける気がした。
這麼想著,我慢慢找回了那種敢面對任何困難的信心。
それに苦労もあるだろうけど、楽しいこともそれ以上にたくさんあるはずだった。
雖然會很辛苦,但畢竟還有更多的歡樂在等著我。
家族で暮らすということは、そういうことだ。
家庭生活,就應該是這樣。
俺はあの日、渚とふたりで暮らし始めて…そのことを誰よりも経験した人間のはずだった。
從那一天與渚一起生活開始…我已經是比誰更有經驗的人了。
けど、汐との生活を始める前に、果たさなければいけない約束があった。
不過在和汐開始新的生活之前,還有一個約定在等著我去實現。
仕事のほうは、頼み込んで、もう一日だけ休みをもらおう。
把工作的事情拜託給別人,騰出一天空閒吧。
そして、今日はその約束を果たしにいこう。
今天,我要去實現那個約定。
汐を寝かせたまま、部屋を後にする。
讓汐繼續睡著後,我走出了房間。

「あ、起こしてしまいましたか」
「啊,把你吵醒了嗎?」
「いや、いいっすよ。なんか、俺にできることありますか?」
「不,沒那回事。有什麼我能幫上忙的地方嗎?」
「いえ、騒がしいですけど、休んでいてください」
「不用了,雖然有點忙,但還是休息吧。」
「いや、これからもうひとつわがままを言ってしまうので、手伝わせてください」
「不,等會我還要拜託您一件很任性的事,所以現在就讓我幫幫忙吧。」
「いえ、手伝ってもらわなくても、わがまま聞きますよ」
「沒關係的,就算不幫忙我也會聽你說的。」
「なんでしょうかっ」
「是什麼事呢?」
「ええと、それじゃ、お言葉に甘えて…」
「這個,那麼我就不客氣地直說了…」
「夕方まで…」
「到傍晚為止…」
いや、もう少し時間が欲しい。
不,我需要更多的時間。
「…明日の朝まで、汐を預かってほしいんです」
「…到明天早上為止,可以幫我照顧一下汐嗎?」
「はい、構いませんよ」
「嗯,當然可以。」
「すみません。最後にしなくちゃいけないことがあるんで」
「抱歉,有件事必須要去做。」
「仕事じゃなくてですか?」
「不是工作上的事情嗎?」
「はい」
「嗯。」
「お父さんのことですね?」
「是父親那邊的事情吧?」
さすが早苗さん。察しがいい。
不愧是早苗阿姨,一猜就中。
「ええ、そうです」
「嗯,是的。」
「ふたりきりで、話したかったので」
「有些話想和父親單獨談談。」
「はい。ゆっくりしてきてください」
「好的,請放心去吧。」
その後、事務所に連絡をして、無理矢理さらに一日休みをもらった。
隨後,我打電話到公司,就這樣唐突地請了一天假。
その代わり、客の入りが多い朝の間、古河パンの手伝いをさせてもらった。
早上,在賓客盈門的古河麵包店幫忙。
正午近くなって客足が途絶え始めると、先に上がらせてもらう。
中午客人稀少時,結束了麵包店的工作。
そして汐に、翌朝には迎えにくることを告げて、古河家を後にした。
告訴汐明早再來接她之後,就離開了古河家。
向かう先は実家だった。
要去的地方是我以前的家。
[b]直幸[/b]

(BGM:町、時の流れ、人)
ここだけは、何も変わっていないように見えた。
這裡絲毫沒有改變。
周りに立ち並ぶ家も5年前のままだった。
鄰居家的房子也還是和五年前一模一樣。
戸を開けた。鍵はかかっていなかった。
我打開了沒有上鎖的門。
7年前の朝…
七年前的早晨…
さようならと告げて、この家を後にした俺が…
說著『再見』,離家而去的我…
逃げ出した俺が…
始終逃避著這裡的我…
ようやく帰宅を果たした。
終於又回來了。
7年という月日。
七年的時光。
長い、長い家出だった。
真得是,好漫長的離家出走啊。

「ただいま」
「我回來了。」
小さく言って、家に上がった。
輕輕地打聲招呼後,我走進了屋內。
親父はテレビを見ていた。
老爸正在看電視。
「………」
「………」
俺の気配に気づいて、親父は振り返った。
察覺我的氣息,老爸轉過頭來。

「ああ…」
「啊啊…」
「朋也くん…」
「朋也君…」
久々に見る父の顔は、記憶のものより十歳ぐらい老けてみえた。
老爸那許久未見的臉,似乎比記憶中更加蒼老了十年了。
俺はテーブルにあったリモコンを掴み取ると、テレビの電源を消した。
我拿起放在桌上的遙控器,把電視關掉。
「ただいま」
「我回來了。」
「うむ…おかえり…」
「喔…回來啦…」
「ずっと、家にいたのか?」
「一直待在家裡嗎?」
「うん…」
「嗯…」
「世間は盆休みだってのにな」
「現在明明是盂蘭盆節的假期。」
「そうだね…」
「是啊…」
親父の正面に腰を下ろす。
我在老爸的對面坐了下來。
節約のためか、冷房は動いていなかった。
大概是為了節約能源,冷氣並沒有打開。
でも、台所の窓を開け放して風通しがよくしてあったから、蒸し暑くはなかった。
不過廚房的窗戶是開著的通著風,所以屋子裡並不會很熱。
「この休みに旅行をしてきたんだ」
「這個假期我出了趟遠門。」
「ほぅ…」
「是嗎…」
「ずっと北の地だ」
「我去了北方。」
「そこであんたの母親と会ってきたんだ」
「在那裡遇見了你的母親。」
「へぇ…」
「這樣啊…」
「いろんな話を聞いてきたよ」
「我們談了很多話。」
「ふむ…」
「嗯…」
この人は、ちゃんと俺の言うことを理解しているのだろうか…。
這個人究竟有沒有聽懂我的話啊…。
ただ、俺が喋った後に相づちを打つ、と決めているだけに思えた。
還是說,打算在我說完以後裝傻。
それでも俺は話し続けた。
但是,即使是這樣我也要繼續說下去。
それは約束だったからだ。
因為這是約定好的事情。
「…大変だったんだな、って思ったよ」
「…真得是很辛苦啊。」
「ふむ…」
「唔…」
「なぁ、親父…」
「我說,老爸…」
「うん…」
「嗯…」
「疲れたろ」
「累了吧。」
「…うん?」
「…嗯?」
「もう、疲れただろ」
「已經,很累了吧。」
「そろそろ、休んでもいいんじゃないかな…」
「該不多是該休息的時候了…」
「そう思うよ、俺は…」
「我是這麼想的…」
「………」
「………」
「田舎に帰ったら、どうかな…」
「回老家去,怎麼樣…」
「あんたの母さんがさ、そこで待ってる」
「你的母親,正在那裡等待著你。」
「………」
「………」
「あの場所だよ…」
「在那個地方…」
「あんたが幼い俺の手を取って…」
「你曾經握著幼小的我的手…」
「こいつは自分ひとりの手で育てる、って誓った場所だよ…」
「發誓要靠自己的雙手將我撫養長大的地方…」
「ああ…」
「啊啊…」
親父の目が遠くを見た。
[font= size=2 color=black] 老爸的目光彷彿看向了遠方。
そこには、あの日の光景が映ってるのだろうか。
在那裡,大概正映照著當年的情景吧。
「あんた、もう十分頑張った…」
「你已經十分努力了…」
「だからさ、もう休めよ…」
「所以,已經可以休息了…」
「田舎に帰ってさ…」
「回老家去…」
「それで…母親と暮らしてやれよ…」
「在那裡…和你的母親一起生活吧…」
「…な」
「…好嗎?」
「………」
「………」
「もう…いいのだろうか…」
「真的…已經可以了嗎…」
「何が…?」
「什麼…?」
「もう…おれはやり終えたのだろうか…」
「我的使命…真的已經結束了嗎…」
(BGM:願いが叶う場所)
あの日の誓い。
那一天的誓言。
…俺を自分ひとりの手で育てること。
…要靠自己的雙手將我撫養長大的誓言。
そんなことを思い出してるのだ、この人は…。
這個人正在回想著這件事吧…。
本当にそのためだけの、人生だったのだろうか…。
他的人生只是為了實現這個誓言而持續著吧…。
この人の人生は、俺のためだけにあった人生なのだろうか…。
這個人的人生,只是為了我而持續著吧…。
俺なんかの、出来の悪い息子のためだけに頑張った…
為了我這個不孝的兒子而努力著…。
…そんな人生だったのだろうか。
…渡過了如此潦倒的人生。
「あんた…何もかも犠牲にして、俺をこうして育ててくれたんじゃないか…」
「你…不是已經犧牲了一切,將我撫養長大了嗎…」
「もう十分だよ…」
「已經足夠了…」
「もう…」
「已經…」
「…そうか」
「…是嗎。」
「…いつのまにか…やり終えていたのか…」
「…不知不覺間…我的使命已經結束了啊…」

「…それは…よかった」
「…這真是…太好了。」
その晩はふたりで過ごした。
這個晚上是我們父子倆一起度過的。
一緒に風呂にも入った。
澡也是在一起洗的。
ずっと大きく感じていた父親の背は…
感覺父親那寬闊的背…
しらぬ間に、小さくなっていた。
不知何時已經變得如此瘦小。
それをごしごしと洗った。
我認真地幫老爸擦著背。
無心で洗った。
一心一意地擦著。

翌朝。
第二天早上。
着替えだけを詰め込んだバッグを持って、親父が家から出てきた。
老爸背著換洗衣物的背包出門了。
俺は、汐とふたりでそれを待っていた。
我和汐兩人正等待著他。

「ん…その子は」
「嗯…這孩子是?」
「あんたの孫だ」
「是你的孫女。」
「ほぅ…そうか…」
「喔…是這樣啊…」
「あの時の子か…」
「是那個時候的孩子…」
一度だけ、ふたりは会ったことがある。
兩人只有見過一次面而已。
あれは…とても辛い日だった。
那是在…那段非常艱辛的日子裡。。
汐が生まれて…間もない頃。
汐剛出生…不久的時候。
「大きくなったな…」
「長這麼大了呢…」
親父はしゃがみ込んで、汐の頭に手を載せた。
老爸蹲下身,撫摸著汐的頭。
そして、にっこりと笑う。
然後,輕輕地笑了。
そんな温かな笑みを、長いこと見ていなかった。
這麼溫暖的笑容,已經很久沒有見到過了。
ずっと昔、小さい頃の記憶の中に、その笑みはあった。
那抹笑容只存在於我非常遙遠的兒時記憶中。
幼い日の俺は、そうして微笑みかけられていた。
小時候的我,就是在這樣的微笑之下成長的吧。
「朋也…」
「朋也…」
「ほら、お菓子だ」
「你看,是糖果喔。」
「父さん、また出かけるけど…食べ過ぎないようにな」
「爸爸又要出門了…不要吃太多喔。」
「いつも、寂しくさせて、ごめんな」
「總是讓你孤單一人,抱歉了。」
「帰ってきたら、夕飯、ちゃんと作るから」
「回來之後我會做一頓豐盛的晚餐。」
「ふたりで食べような」
「兩個人一起好好享用吧。」
「な…朋也」
「怎麼樣…朋也。」
確かにあったんだ、そんな日が。
確實是有過那樣的時光。
そのことを今、遠い眼差しで、思い出していた。
我回憶起了那段遙遠的往事。

「………」
「………」
汐は、目を逸らすこともなく、じっと、祖父の顔を見つめていた。
汐目不轉睛地注視著祖父的臉。
親父は最後にその汐の頭を撫でて…
老爸再次撫摸汐的頭…
そして、立ち上がった。
然後站起身來。

「じゃあ、いくよ」
「那麼,我出發了。」
「親父…」
「老爸…」
「健康には気をつけろよ…」
「要注意身體喔…」
「ああ」
「嗯。」
「酒、飲み過ぎるなよ…」
「酒不要喝太多喔…」
「ああ」
「嗯。」
「タバコも、吸いすぎるなよ…」
「菸也不要抽太多喔…」
「ああ」
「嗯。」
「長生きしてくれよ…」
「一定要長壽喔…」
「ああ」
「嗯。」
「絶対に…恩返しにいくから…」
「我絕對…會向你報恩的…」
「ああ」
「嗯。」
「絶対に、いくから…」
「我絕對會去的…」
「ああ」
「嗯。」
親父の穏やかな顔…。
老爸那安詳的表情…。
すべてをやり終えた顔…。
終於完成使命的表情…。
それを見ていると、ぽろぽろと涙が零れだした。
看著他,我的眼淚簌簌地流了下來。
この人の人生は、幸せだったのだろうか…。
這個人的人生真的幸福嗎…。
一番幸せな時に…愛する人を亡くして…
在最幸福的時候…失去了所愛的人…。
それでも…残された俺のために頑張り続けて…
即使如此…還是為了留下來的我而繼續努力…。
俺みたいな…親不孝な息子のために…
為了我這個…不孝的兒子…
どんな孝行もできなかった息子のために頑張り続けて…
為了我這個一直不盡孝道的兒子而努力著…
それで…幸せだったのだろうか…。
他的人生…真的幸福嗎…。
「はっ…あ…」
「嗚…嗚…」
子供のようにしゃくり上げて泣いてしまう。
我像小孩子般哭了出來。

「どうした、朋也…」
「怎麼了,朋也…」
「どうして、泣いてる…」
「怎麼哭了…」
今は、強い息子として見送ってあげなくてはならないのに。
明明是想作為一個堅強的兒子來為老爸送行的。
これ以上、心配をかけないように…。
為了讓老爸不再擔心…。
もう安心して、休んでもらえるように…。
為了讓老爸能安心地去休息…。
何もかもを俺のために犠牲にした日々が終えられるように…。
為了讓老爸那為我犧牲掉一切的日子到此結束…。
終えられるように…。
為了讓它到此結束…。
………。
………。
…ズボンの裾が引っ張られていた。
…我的褲腿被誰拉住了。
汐が掴んでいた。
是汐拉著我的褲腿。
そう…これからは俺が親父の立場なんだ。
沒錯…從今以後我也將扮演著老爸的角色。
もう…子供じゃないんだ。
已經…不再是小孩子了。
涙を拭いて、顔をあげた。
拭去眼淚,我抬起頭來。
そして、言った。
然後說道。
「今日まで、ありがとう…父さん」
「謝謝你一直以來的關懷…爸爸」

「ああ…」
「嗯…」
「じゃあ、いくよ」
「那,我走了。」
「ああ。父さん、元気で」
「嗯,爸爸,要保重。」
「朋也も、元気で…」
「朋也也是,保重…」
父さんが背を向けた。
父親轉過了身。
俺を男手ひとつで育て上げた父の背を…
我目送著父親那用男人的那一雙手將我扶養長大的背影…
ずっと俺は見送っていた。
目送著他漸漸遠去。
汐と手を繋いで。
同時緊緊握著汐的手。
[b]汐[/b]
(BGM:空に光る)
その後の生活も、これまで通りアパートで続けることにする。
在那之後的生活,照常在公寓中繼續著。
あの家は、もともと借家だったし、滞納している家賃だけでもかなりの額にのぼる。
這個家原本就是出租房,滯納的房租已經有相當的數目。
必要最低限の家具以外は売り払って、滞納した家賃に宛った。
為了付清欠款,我變賣了除生活必需品外所有的家具。
それでもいくらか借金が残った。
但即便如此我還是無法全額付清。
それは、俺が地道に働いて、返していこうと思う。
剩下的部分就用我的工資慢慢地償還吧。

親父とふたりで暮らしてきた家は、もうふたりの家ではなくなる。
曾經和父親一起生活過的家,已經不再是我們的家了。
いがみ合いばかりだった日々。
在那關係不和的日子裡。
いい思い出なんて、ひとつとしてない。
根本沒有什麼美好的回憶存在。
大嫌いだった家と、大嫌いだった父親。
只有不想回的家、和不想見的父親而已。
けど…今はもう、この胸に仕舞える。
然而…現在的我已經解開心結了。
かけがえのない思い出として。
在那裡所發生的種種,也成為了我無可取代的回憶。
最後に敬礼をして、俺は家の前を去った。
我行了最後一個禮後,永遠地離開了這曾經的家。